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【実録】生保OL辞めた理由 |絶望と安定の大手企業を捨てて、幸せノマド起業した話

こんにちは、モモです。 

今回は私が生保会社に新卒7年勤務して独立起業に至るまでのお話しをしたいと思います。

 

なぜ一般的に安心安泰といわれる大手企業勤めを手放して自分でビジネスを興したのか。

私が掲げている「働かないために働く」というのはどういった意図があるのか。

色々とご質問を頂く機会も増えてきました。

現在までこのテーマについてあまりしっかり触れてこなかったなぁと思い、このたび記事にしてみようと思い立ちました。

今の私のバックボーン的な1つのストーリーとして見てもらえたらなと思います。

実は・・・生保は第一志望ではなかった


大学生が皆焦る就活期。

キャンパス内の掲示板を見てまわりながら、私も焦りまくっていました。

「やりたいこと・・・特にない。」

「とりあえずある程度名の知れた会社がいいな・・・」

そんな企業ブランドばかりに目を奪われる就活でした。

モモ
モモ
とりあえず「あ〜!あの大手会社か〜!すごいな〜!」って言われたかったんですよね。すごい見栄(笑)

ところで私は、これまで高校・大学と、両親の言う通りのコースを歩んできました。

何か自分の考えを言っても

「いや、こっちにしなさい」

「それじゃダメだ」

と言われ続けていたんです。

 

だから、

「私が選ぶものは信用できない」

「私は間違ってばかり」

と自分に対して不信感しかありませんでした。

 

有難いことに(実際ありがた迷惑ですが^^;)周りに心配してくれる人が多く、信用できない自分の意見は無視して、勧められるまま流されて生きていました。

ですが、心のどこかではいい加減自分の意思で、責任で、人生の節目の選択をしたい・・・!とも思っていたんです。

 

ですから大学3回生になった私は「今度こそ!」と思い、親の目の届かない県外で自由に就活をしていました。

 

懸命に就活に取り組み、ついに気になっていた会社2社で最終選考日が目前となったんです!

 

ついに自分の意思で選んだ人生の一歩を踏み出せるんだ・・・!!

 

そう思って、ようやく少し自信がつきそうになっていたんです。

 

しかしそこで、両親から

「〇〇会社(大手の生保)で書類選考に通過してたよ!」

と、連絡があったんです。

 

私の知らないところで、両親がその会社に書類を出していたようでした。

 

「え・・・?私のこと信用してないの・・・?」

そんな気持ちが一気に膨れ、脱力しました。

同時に、最終選考に残っていた会社ももういいや・・・と諦めてしまったんです。

せっかく自分で立ち上がろうとした矢先に挫けてしまい、ここでまた元の投げやりな生き方に戻っていきました。


「とりあえず内定したし、もう就活したくない」

 

私は自分の意思をまた蔑ろにした後ろめたさを、内定の安心感で無理やり塗り潰しました。

 

そして、

「この会社で頑張っていこう」

「早く役に立てるようになりたい」

 

と、上辺だけの希望をもって入社をしたのでした。

生保に入社して待ち受けていたのは・・・・


入社して最初に私が配属された部署での記憶。

怒鳴るように会話する一般職のアラフィフ・アラサー女性陣。

彼女らに権力を奪われて縮こまる管理職・若手社員。

誰かが誰かの文句や悪口を言い合っている姿は日常茶飯事。

そんな職場でした。

 

モモ
モモ
居るだけでストレスフルな地獄のオフィスでした・・・


そして愕然とした出来事もありました。

ろくに仕事をしないアラフィフ一般職男性が受けたクレーム処理を、いつも若手が残業して全面的に請け負っていたんです。

クレームを受けた当の本人は、仕事が残っていても悪びれもせずいつも定時で帰ります。

仕事ができなくても年功序列でしっかり給料をもらい、若手は安い給料で他人の仕事で残業。

年齢が高いというだけで敬われ、好き勝手サボることが許される環境。

 

「こんなところでずっと働いてくの・・・?」 

 

私は永遠に出られない檻に入れられたように絶望した気持ちになりました。


理不尽に押し付けられる大量の他人の仕事。

カースト上位のお局陣を怒らせないことが最優先のオフィス。

私は配属から2週間と経たないうちに、モラハラなどで精神的に追い込まれました。

トイレで泣いた日も数えきれません。

ドラマのようです・・・

モモ
モモ
最初は悲劇のヒロイン妄想の余裕もありましたが、そんなこと微塵も思えないくらい本気でつらくて泣いてました

カフェランチや極たま〜〜にあった外勤は、二度とオフィスに戻りたくないほど天国でした。

そして長い長い1日が終わり、退勤して会社の外に一歩出た時の驚くほどの開放感・・・!

しかし同時に、明日もまた出勤か・・・と絶望。

 

でもせっかくの仕事終わり。

とにかく気を紛らわせたくて、近所の同業会社の友人たちとアフターでほぼ毎日のように待ち合わせ、ステキなダイナーやバーで楽しく1日を締め括ってました。

儚いハッピーアワー・・・

仕事で溜まったストレスを、仕事で稼いだお金で発散しているなんて虚しかったです。

こんな地獄の環境で、変わりなんていくらでもきく仕事をずっと続けるの?

やりがいどころではないし、周りに染まりたくない

今すぐ脱出したい。

 

でも福利厚生や給与が周りの友人たちより高待遇だったので、手放すのが惜しいと思ってました。

モモ
モモ
今となっては、そんなのどうでもいいから即辞めて!とその時の自分に言いたい笑

転職しても今よりいい待遇になるとは思えない。

なんなら仕事が今よりハードになるだけかも・・・。

 

「だったらただ退職するんじゃなく寿退社までがんばろ♡」

・・・なんて変な方向に頑張っていましたが。(苦笑)

 


男性の方が自分より年収低かったりもしたし、年収のかなり高い人とお付き合いしていてもやっぱり虚しかったです。

逃げ目的で結婚しても、結局幸せにはなれません

世間体と焦りと疲労による思考と判断基準は恐ろしいです。

結局のところ

どこまでいっても自分に自信が無い

何かに依存し従属しなければ自分はダメなのだと頑なに思い込んでいたんです

 

現状が嫌で嫌でたまらなかったのに、

どうしていいか分からない

考えも浮かばないし(というか思考停止してました)、行動もできませんでした。

自分で選ぶ。選べる。


一概には言えませんが、私の経験上【会社で働く】ということは、恐ろしく自分を蔑(ないがし)ろにするものだということでした。

自分の人生の多くを捧げ、その対価は少ない。

制約が大きく、個人としての可能性や発展性は大きく失われます

慣れと諦めで思考は停止し、ただ単調に時が過ぎるのを待つ毎日。

まさに終わりなく走り続けるラットレースでしょう。 

 

私は一度きりの人生を、楽しいことや幸せなことでいっぱいにしたかった

自分がそうなることによって、周りの大事な人たちも幸せにできます。

 

だから私は全部捨てて退職しました。

リスクなく始められて、たくさんの自由と豊さを得られる手段(情報発信ビジネス)を知ったからです。

そして私が幸せに生きるのに必要なものが、この会社には無いとわかったからです。

 

こうして私は自分でビジネスをしていこうと決意して一歩を踏み出しました

幸せとか楽しいというのは、ただ好きなことをして遊べることをいうのではありません。

 

「自分」として価値をもち、人の役に立ち、喜んでもらうこと。

そして自分に自信をもつこと。

 

たくさん学び、貢献して、自分の存在意義を高めたいというのに近いかも知れません。

また、志高く、尊敬でき、切磋琢磨できるステージの高い人たちとも出会えたり仲間になることができました。

素敵なクライアントさんたちとも出会うことができました。

 

自分で決断し、選び取り、力を注ぐことは初めは怖いです。

でも、現状や未来を変えられるのは今の自分だけ

他の誰かが自分の人生に責任をとってくれるわけないんです。

 

未来がわからず怖いというのは結局どんなことだって同じです。

だったら自分や周りを優先して大事にしましょう。

楽しさや幸せ、価値を感じられる生き方を絶対に選択すべきです。 

まとめ 働かないために働く!ということ 


私が掲げている「働かないために働く」。

 

これは、そのままの意味でとると

「のちの自由を得るために、今働いておく」

という感じかなと思われると思います。

 

もちろんそれもそうなのですが、私が一番込めている思いは、

『将来働かない自由と多くの幸せな時間を生むために、今、ビジネスを構築して自分の価値を提供していく』

というものです。

私が考える人生においての幸せは、自分や大事な人を大切にできること、そして幸せを分かち合い、成長していけることです。

 

今挙げた定義はかなり抽象的ですが、

まず「大事な人を大切にできる」ために必要なこととして”心・身体・お金の自由”は必須です。

 

だからそのために豊かさを求める。

きれい事だけで生きていけるほど、世間は甘くありません。

そのために知識が必要なんですね。

 

世間体や社会の常識という狭い枠組みから逃れられない人は多いです。

可能性を潰してしまったり、追い詰められてしまう現実は身近に溢れています。

日本の教育制度がそうなので、それは仕方がありません。

 

ですが、知っているか知らないか

そして、やるかやらないかで人生は大きく変わります

 

人は平等ではありません。

生まれた環境・育った過程・現状、誰一人として同じ人はいません。

しかしそんな中でも、幸せを求めて変化していくことは平等に誰だってできるんです。

 

知って自分の力に変えていくことや自信に変えていくことで可能性や選択肢は大きく広がります。

誰もが「自分」という存在の価値を最大限に生かすこと、

そして自分や周りの幸せのために考え、主体的に行動していくこと、

これらが今一番必要な生き方ではないでしょうか。

 

 

かくいう私も元々は何もわからないただのOL。

ビジネス知識・経験ゼロの状態でした。

 

でもそこから3ヶ月で情報発信ビジネス構築し、開始4ヶ月で月収80万円達成しています。

それが特別なことかというと、全然特別なことではないです。

ただ「知ってるか知らないか」だけなんですよね、ホント。

 

そんな感じで当初知識も経験もゼロのOLだった私ですが、

 

どうやって月収80万円達成できたのかというこれまでの私の経験や実践内容について、現在私の公式メルマガで限定配信しています。

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ここまで読んでくださって、ありがとうございました^^

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ABOUT ME
モモ
愛媛出身/乙女座/O型 副業・独立起業コンサルタント。 会社の人間関係が嫌でOL退職し起業。開始から半年足らずで月収80万達成。 より早く安定した資産を構築し、人生の多くをより豊かで充実した時間に充てる、「働かないために働く」をコンセプトに、コンサルティングをしています。 人生を変えたいアラサー女性を 全力支援・育成中。
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